「ママだからあきらめる」のではなく、「ママだから戦略を練る」 東大生向けキャリア授業のコースディレクターと考える「ワーキングママのキャリア戦略」
今の仕事内容や働き方にモヤモヤを抱えていても、日ごろの家事育児に時間を取られてなかなか次の1歩を踏み出せない…。そんな悩みを持つワーキングママも多いのではないでしょうか。これまで1,000人以上のビジネスリーダーのキャリアチェンジを支援し、東京大学でキャリアデザインの授業を担当した株式会社コンコードエグゼクティブグループ代表・渡辺秀和さんと、株式会社mog社長の稲田明恵が、ワーキングママとして望むキャリアをかなえるヒントやワークライフバランスを保ちながらキャリアアップするポイントをテーマに語り合いました
◆プロフィール
コンコードエグゼクティブグループ 代表取締役社長CEO
渡辺秀和さん
株式会社三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)戦略コンサルティング部門にて多数の新規事業支援を手がける。2008年、株式会社コンコードエグゼクティブグループを設立、代表取締役社長CEOに就任。1,000人を超えるビジネスリーダーに対して、戦略系ファームをはじめとするコンサルティング業界、ファンド、事業会社幹部、起業家などへのキャリアチェンジを支援。第1回「日本ヘッドハンター大賞」のコンサルティング部門で初代MVPを受賞。東京大学でキャリアデザインの正規科目「未来をつくるキャリアの授業」(全12回)を立ち上げ、コースディレクターとして授業の設計と講義を担当。特に、40代のワーキングママをゲストに招き、キャリアと家庭の両立について考察した「女性エグゼクティブのキャリア」の講義は、男子学生からも大きな反響があった。 著書『ビジネスエリートへのキャリア戦略』(ダイヤモンド社)、『未来をつくるキャリアの授業』(日経新聞出版社)など
株式会社コンコードエグゼクティブグループ
経営幹部やプロフェッショナルとして活躍する40代・50代の方々、経営者人材や起業家を目指す20代・30代の方々を支援するキャリアデザインファーム。キャリア戦略をベースとする人材紹介事業、キャリア教育活動、ソーシャルスタートアップ支援事業を展開
――なぜ、ワーキングママにキャリアデザインが必要なのか
稲田:本日はお時間をいただきありがとうございます。コンコードエグゼクティブグループ代表の渡辺さんに、ワーキングママのキャリアについて、お話を聞かせていただければと思います。よろしくお願いいたします。
渡辺さん:こちらこそよろしくお願いいたします。
稲田:mogのメーンユーザーである30〜40代のワーキングママは、子育てとの両立によってどうしても働く時間や場所に制約があり、やりたいことよりも条件を優先してキャリアを選びがちです。納得のいくキャリア形成のためにも、渡辺さんが提唱されている“キャリア戦略”を持つことがひとつのヒントになると感じているのですが、あらためて“キャリア戦略”とはどういう考え方なのか、教えていただけますか。
渡辺さん:キャリア戦略とは、望む人生を実現するために、経るべきキャリアを定めた中長期的なプランのことです。キャリアのゴールとして自分はどこに行きたいのか、もし一足飛びに到達できないのであれば、そこに到達するためにどんな経験を積んでいくべきなのか、その道筋を考えることを指しています。
「キャリア設計=良い条件の企業へ転職すること」ではありません。たとえば、「今は経理職だけど、将来はマーケティングの仕事に就きたい」という人が、年収が上がるからと経理職として転職をしていたら、いつまでも自分の望むキャリアに到達することができません。目の前の転職先の条件面、労働時間や年収、ポジション、会社の知名度やブランド力にとらわれ過ぎてしまうと、自分の目指すキャリアのゴールからどんどん離れていってしまうことになります。キャリア設計においては、まずは自分が何を目指しているのか、ゴールをしっかり認識することが大切です。
また、「自分がどうしたいか」ではなく「一般的にみんなはどうしているか」に解を求めてしまうというケースも見受けられます。昨今、藤井二冠の活躍で注目をあびる将棋を例にとっても、自分が考え抜いて指したとしても、相手がもっといい手を指してきて負かされるかもしれないという恐怖心が常にある中で、意思決定をしなければいけません。それと同様で、キャリア設計においても自分で決断する、そのマインドセットが必要です。目指すゴールや価値観、積んでいるキャリアや持っているスキル・学歴など、同じ人はいません。当然、とるべき作戦も他人と違っていて問題ないのです。
――女性だからこそ、今いち度立ち止まって、キャリアを考えてみよう
稲田:その視点は、自分の理想の働き方に近づくために重要ですね。よく雑誌の特集などで「女性が働きやすい企業ランキング」が発表されていますが、女性が多く働いていて制度が整っていることと、その会社が自分のキャリアデザインに合致しているのかどうかは、本来は別。ただ、女性の場合は自分のキャリア戦略を描いたとしても、結婚相手や子どもの都合で住む場所が変わったり休職したりと男性以上に人生の不確実性が高いので、どうしても自身のキャリアに関しては思考停止になりやすいと感じます。
先ほどの将棋のお話だと、自分が一生懸命考えて指したところで相手がどういう手で返してくるかまったく分からないから「戦略を練るだけムダ」だとあきらめてしまうというか。なかなか自分のキャリアを選びづらい女性にも、キャリア戦略は必要なのでしょうか。
渡辺さん:確かに、日本は特に女性のキャリアは不確実性が高いという現実があります。妊娠・出産・育児はもちろん、夫の海外転勤や親の介護など、さまざまな可能性があります。そういった場合に重要なのは、「今いる会社を退職せざるを得ない状況になるかも」という前提を意識しておくことが大切ですね。
これは男性も同じことなんですが、今の時代は大企業にいたから安心ということはありません。たとえば航空会社は新卒の「就職人気企業ランキング」の常連ですが、みなさんご存知のように今はコロナ禍で大変な状況ですし、過去には大リストラや事業再編もあった。銀行のような安定しているイメージの大企業も、私が就職活動をしたころには数多くあったものが合併をくり返して今のメガバンクに収れんしています。もちろん、その間に多くの方々が銀行を離れて、転職をされています。今後は、フィンテック企業の台頭により、激しい競争におかれるでしょう。
GAFAをはじめとするテック企業や海外企業の台頭で業績が悪化してリストラなどということも、今はもう日常茶飯事ですね。既に日系大企業の雇用安定神話は過去のものとなっています。だからこそ、今の職場にいられなくなる可能性があるということを心に留めて、いつでも転職できる状態にしておく必要があります。
誤解のないようにお伝えしたいのですが、みなさん全員が転職すべきと言っているのではありません。特に日系大手企業でなければできない大きなすばらしい仕事もたくさんあり、主体的にそのキャリアを選択することはとても良いことだと私は考えています。ただ、、会社にいられなくなった時を想定して備えておくことが大事ということです。
そのためにも、人材市場を味方につけておくことが重要です。たとえ離職したとしても、人材市場で高い評価を受けていればすぐに次の職が見つかり、キャリアとしては何の問題もありません。人材市場はこの20年で目まぐるしく発展しました。昔は新卒で入った会社を辞めて転職すると、ほとんどいい求人がなく、転職できたとしても、その会社の新卒組には勝てずに出世できないということが珍しくありませんでした。そのため日本は、新卒で入った会社の中でポジションを上げていくことがキャリア形成として考えられていました。人材市場が発達していない時代において、このような発想は妥当だったといえるでしょう。
それが今のように人材市場が発達すると、転職によって若いうちから魅力的なポジションに就くことも十分に可能になりました。企業の中枢を担う経営幹部や若手リーダー人材を外部から登用している企業も多数あります。人材市場が発達して魅力的な求人が増えてきた今、若くして自分の理想に近づける「キャリアの高速道路」が至るところに通っているのです。
――ワークライフバランスの落とし穴
渡辺さん:では、人材市場で高い評価を受けるにはどうすればいいのか。そのためには、自分が目指すゴールに対して、明確な“売り“をつくることが重要です。採用企業の視点に立てば当然のことなのですが、「とにかくがんばるので雇ってください!」ではなく、どのようなスキルを持っていて、どのように企業に貢献できるのかが明確であることは大切ですよね。
最近大学生と話していると、健康で元気であるにもかかわらず、就職活動でも「忙しい会社は嫌です」というワークライフバランス重視の学生が少なくありません。とてももったいないことだと感じています。ワーキングママのみなさんも感じていらっしゃる通り、働くことは収入を得る手段というだけではなく、人の役に立つ充実感や社会をつくる醍醐味を経験できるすばらしいものです。ただ、そのような充実感や醍醐味を味わうためには、まずは貢献できるだけのスキルを身につけることが前提となります。そのため若いうちにがんばって働いて、しっかりとスキルを身につけておいて、結婚したり子どもができたりしてライフステージが変わったタイミングで、ライフとワークのバランスがとれる働き方を選べるようにしておくのが、私たちがおすすめするワークライフバランスの考え方です。目先のことにとらわれ過ぎず、キャリアや人生を長期的な視点で考えることが大切だと思います。
財務領域に強いあるワーキングママからご相談を受けたときのことです。今いる会社で時短勤務を選択したら、年収だけでなく、ポジションも下げられて仕事が楽しくないし、納得もいきませんとのことでした。そこで我々がニーズのありそうな企業に相談していくと、時短勤務のままで今の年収を上回る好条件を提示してくる企業が多数あり、無事にキャリアアップしながら転職できました。まさに若いころにしっかりとスキルを身につけておいた効果です。また、ほかのご相談者の事例ですが、ある外資系企業に勤める女性が、出産を機に在宅勤務をしたいと申し出たところ、「即戦力の彼女に辞められると困る」ということで、グローバルで初となる在宅勤務を許可されたということもあります。一定期間努力をして力をつけてしまえば、短時間の業務でも高い収入が得られるようになり、育児や介護の必要が出てきたりしても自由度の高い働き方を選択できるようになります。いかに早く、キャリアの上昇気流に乗るかが大切です。
稲田:細く長くよりも、どこのタイミングで太い期間をつくるか、修行期間をつくるかですね。そのほうが仕事の面白さが分かるというのはすごく共感できます。サポート的な役割ばかりで誰かから指示されてする仕事ばかりだと、なかなか仕事の面白さを感じることはできないですからね。今のお話は結婚する前とか、ママになる前の話かもしれませんが、自分自身の経験からも「いつ自分ががんばるか」「何のために仕事をするのか」はママになってからも重要な観点だと思います。
みんな子どもが生まれた途端、今まで通りには働けないとセーブしてしまう。セーブしたいけどやっぱり働きたいというジレンマを抱えている方も多くいらっしゃいます。ただ経験上、実は保育園時代・小学校に入る前はひと勝負できる期間だと感じていて。保育園は学童に比べて長く預けられる場合が多く、小学校に入ると学校にいる時間は短くなり、思春期で心の悩みも出てきて、親のかかわりが一気に増えて思い通りに働けない印象があります。そう思うと保育園の時期は、ママのセカンドキャリアとしてゴールデンタイムなのではと。
そこで必要になってくるのが、渡辺さんもおっしゃった「なんのために働くのか」という腹のくくり方だと思います。それが分からないままフワフワと復帰してしまうと、目の前の両立の大変さにおぼれて「時短で給与も下がって新卒並み。私、何のためにこんなつらい目にあっているの⁉」と中にはリタイアしてしまうママもいる。だからこそ人生を長い視点で見て、「今ここで踏ん張ってキャリアを積めば、この先子どもと一緒にいたいと思ったときの財産になるんだ」と考えられるかもしれない。そのためにも、「なんのために自分が働くのか」「仕事に何を求めるのか」は自分の中で答えを持っておく必要があるなと感じます。
渡辺さん:ご自身のキャリアビジョンや目指すキャリアのゴール、こういう仕事、こういう働き方がしたいなというイメージ、ここをざっくりとでもいいのでつかむことが大切です。東京大学や一橋大学の授業で、「好き嫌い分析」という自己分析手法を紹介し、学生から大きな反響がありました。自分が本当はどういうことがやりたくて、どんなことに喜びを感じるのか。そういった喜びを満喫できるような仕事や働き方はどういうものなのか。さらには、自分はどういうことが嫌いなのか、どうしても避けたいことは何か。実は、これらをはっきりと認識できている人は決して多くはありません。自分の価値観を知るきっかけとしておすすめの手法です。子育て期間中は落ち着いて考える時間がなかなか取れないかもしれませんが、少しでも時間ができたらぜひ、ご自身のために取り組んでみてください。
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